松元剛のプロフィールや嫁を調査!世界障害者野球のルールは?

今回は、幼いころから野球が好きで、社会人になっても野球を続けていたのですが、26歳の時、作業事故で左腕と右手の人差し指、中指を切断してしまい
一時は野球をあきらめかけてしまいました。

その後、身障者の野球チームが名古屋市にあるのを知り、チームに入り、なんと実力が認められ、日本代表のメンバーに選ばれると、

2010年の世界障害者野球大会の1回戦でみごと優秀選手賞を獲得し活躍された松元剛さんいついてお話したいと思います。

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プロフィール

    • 松元 剛 (43歳)
    • 出身地 佐賀県
    • ポジション 内野手

松元さんのお嫁さん

調べたところ、ご結婚はされているみたいなのですが、情報がありませんでした。

1人息子お魁星君がいるので、きっと3人家族仲良く野球を楽しんでいそうですね。

世界身体障害者野球大会って?

世界身体障害者野球大会(せかいしんたいしょうがいしゃやきゅうたいかい)は、2006 ワールド・ベースボール・クラシックで優勝した日本が提案して2006年11月に初開催された身体障害者野球の世界大会。2014年11月には第3回大会が開催された。もうひとつのWBCとも呼ばれている。

第1回世界身体障害者野球大会は、2006年11月に開催されており、(実行委員長はなんと!長嶋茂雄氏)でした。

その2年後の
2010年11月 第2回世界身体障害者野球大会(大会名誉顧問は長嶋茂雄氏)
当時の障害者野球人口830名から22名が選手され、松元剛さんは出場されました。

障害者野球のルール

「打者代走」というルールがあります。

例えば、下半身の不自由な人に対して、

走塁できない人に変わり、打てば
走ってもらう!というルールです。

走塁に関しては盗塁はない。

パスボールやワイルドピッチはキャッチャーの身体の一部に投球が触れればボールデッドとなります。

捕手から投手への返球はボールデッド

バントなし。

振り逃げなし。

色んな障害があっても誰でも楽しめるというのが、障害者野球のルールです。

「生きるを考える、世界一への道」

2012年8月には 一宮市立中島小学校で演会を行い子供たちを感動させました。

子供たちの声です。

「自分もあきらめずにやってみよう」という気持ちにつなげ、松元選手のように、何事にもくじけず、取り組んでいける強い心を持ってほしいと思います。

「将来の夢を諦めないようにがんばる」「苦しくてもやり続ける」と、前向きな気持ちになることができました。とてもよい機会を得ることができました。

小学生たちにも、尊敬と感動で心に残る講義になったようです。

きっとお父さんの頑張っている姿をみて憧れているんでしょう。

1人息子の魁星君もプロの野球を夢みているそうなので、将来楽しみですね。

今後のご活躍も楽しみにしています。

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